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印象派を巡る旅
小川康博

小川康博氏は今夏、現代の写真家としての視点から当時の印象派画家と芸術的な対話をするため、これらの絵画作品の舞台となった地を訪れました。印象派の代表作が誕生したパリ地方およびノルマンディー地方の12か所を巡り、小川氏は、モネ、ルノワール、ゴッホなどがイーゼルを構えた同じ場所に立ち、カメラを構えました。そして今回、一世紀という時を経て、彼らがキャンバス上に表現した「幸せなひととき」について、彼の現代的な解釈などが写真を通して伝えられています。

幸せなひととき サン・ラザール駅、パリ地方

クロード・モネ、「サン・ラザール駅」、 1877年、オルセー美術館、パリ © RMN-Grand Palais (Musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski

クロード・モネ、「サン・ラザール駅」、 1877年、オルセー美術館、パリ© RMN-Grand Palais (Musée d’Orsay) / Hervé Lewandowski

© Paris Region Tourist Board / Yasuhiro Ogawa

© Paris Region Tourist Board / Yasuhiro Ogawa

1837年建設のサン・ラザール駅は、印象派運動の歴史において重要な位置を占めています。近代化の象徴そのものとして、多くの画家に着想を与え、マネ、カイユボット、ピサロが絵を描き、中でもモネは、1877年、金属とガラス製の駅舎にイーゼルを構え、一連の作品を生み出します。この駅は、画家たちにとって、逃避のシンボルでした。というのは、とりわけ、パリとノルマンディーを結ぶ列車の発着点だったからです。

今も現役で稼働を続けるサン・ラザール駅は、1日の利用客が45万人を超えるヨーロッパ第2の駅となっています。パリとノルマンディー地方とをつなぐ駅で、ジヴェルニー、ルーアン、ル・アーヴル発着の電車が走ります。印象派を訪ねる旅のまさに出発点なのです。

この絵はパリのオルセー美術館に展示されています。

幸せなひととき シャトゥー、パリ地方

オーギュスト・ルノワール、「舟遊びをする人たちの昼食」、1880-81年、 Philips Collection、ワシントン © Bridgeman Images

オーギュスト・ルノワール、「舟遊びをする人たちの昼食」、1880-81年、 Philips Collection、ワシントン © Bridgeman Images

© Paris Region Tourist Board / Yasuhiro Ogawa

© Paris Region Tourist Board / Yasuhiro Ogawa

パリとサン・ジェルマン=アン=レーとの列車が1837年に開通すると、パリの人たちはセーヌ川河畔に30分以内で行けるようになり、泳いだり舟遊びをしたりして楽しみました。ダンスホールやレストランがブジヴァルやシャトゥーに数多く建ち並び、そのお祭りのような賑やかさを、モネ、ドガ、シスレー、カイユボット、とりわけルノワールが描いています。ルノワールはシャトゥーを「パリ郊外で一番美しい場所」と呼び、約30点の作品を生みました。中でも有名な「舟遊びをする人たちの昼食」は当時大変人気を博していたレストランのメゾン・フルネーズを舞台にしています。

レストラン・フルネーズとそのセーヌ川沿いの美しいテラスは、現在でも印象派の島に位置し、当時の趣をたたえています。ひと休みしながら当時に思いを馳せるのにぴったりな場所です。隣接する美術館が、印象派の画家たちを魅了したその時代の陽気な雰囲気を再現しています。

この絵は、ワシントンのPhilips Collectionに収蔵されています。

幸せなひととき モレ・シュル・ロワン、パリ地方

アルフレッド・シスレー、「モレの橋」、1893年、オルセー美術館、パリ © RMN-Grand Palais (Musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski

アルフレッド・シスレー、「モレの橋」、1893年、オルセー美術館、パリ © RMN-Grand Palais (Musée d’Orsay) / Hervé Lewandowski

© Paris Region Tourist Board / Yasuhiro Ogawa

© Paris Region Tourist Board / Yasuhiro Ogawa

シスレーは、1882年モレ・シュル・ロワンの素敵な中世の町並みに移り住みます。20年間、いわゆる一文無しになるまで、画家はそこで数多くの絵を描き、そのうちの1つが「モレの橋」です。背景には、シスレーが四季を通じて描いたノートルダム・ド・グラース教会が見えます。

今日、モレ・シュル・ロワンは、生前は無名だったシスレーにオマージュを捧げています。画家の足跡を辿るように町の小路を歩きながら、実際に絵が描かれた場所では複製を見ることができます。パリから1時間で行けるので、自転車やカヌーで、往時の魅力が残っているこの小さな町を周ってみるのもお勧めです。

この絵はパリのオルセー美術館に展示されています。

幸せなひととき オーヴェル・シュル・オワーズ、パリ地方

フィンセント・ファン・ゴッホ、「カラスのいる麦畑」、1890年7月、ファン・ゴッホ美術館、アムステルダム © Bridgeman Images

フィンセント・ファン・ゴッホ、「カラスのいる麦畑」、1890年7月、ファン・ゴッホ美術館、アムステルダム © Bridgeman Images

© Paris Region Tourist Board / Yasuhiro Ogawa

© Paris Region Tourist Board / Yasuhiro Ogawa

オーヴェル・シュル・オワーズは、コロー、ドビニー、そしてピサロやセザンヌという世代を超えた画家たちを受け入れた、本物の芸術家村でした。ゴッホはそこに、療養生活を送っていた南仏から戻った直後の1890年に滞在しました。そして、村を「深刻なまでに美しい」といってたちまち虜になり、70日間で80以上もの作品を制作するという多作ぶりを示します。「カラスのいる麦畑」は、彼の最後の傑作です。ゴッホは、描き終えてから数日後に亡くなり、その死は今日もなお謎に包まれています。

オーヴェル・シュル・オワーズを訪ねると、まるで巡礼者の気分になります。ゴッホの足跡―村の通りの複製画、絶命したラヴーの宿屋の部屋、弟のテオと埋葬されている墓地、そしてその周りを囲む絵の題材になった麦畑まで―を辿っていけば、感動を覚えずにはいられません。

この絵はアムステルダムのファン・ゴッホ美術館に収蔵されています。

幸せなひととき イエール・カイユボット邸、パリ地方

ギュスターヴ・カイユボット、「イエールの邸宅の庭園」、1875年、個人蔵 © Brame & Lorenceau, Paris

ギュスターヴ・カイユボット、「イエールの邸宅の庭園」、1875年、個人蔵 © Brame & Lorenceau, Paris

© Paris Region Tourist Board / Yasuhiro Ogawa

© Paris Region Tourist Board / Yasuhiro Ogawa

1860年から1879年まで、この美しい邸宅とそれを取り囲む見事な庭園はカイユボット家の休暇中の邸宅でした。ギュスターヴ・カイユボットはそこで、館、庭園、菜園、そして画家とその兄弟の共通の趣味である舟遊びに興じた小川、それから友人や家族との触れ合いを、80以上の絵画に残しました。

ささやかな幸福感は、完全に保存され一般公開されているカイユボット邸に行けば、公園でのピクニック、木陰での昼寝、小川での舟遊びなどで、今日でもなお味わうことができます。当時の家具が現存する画家の寝室など、屋敷は見事に保存されていて、当時の様子を知る貴重な機会を与えてくれます。

この絵は個人蔵です。

幸せなひととき トゥルーヴィル、ノルマンディー地方

ウジェーヌ・ブーダン、「トゥルーヴィルの浜辺の白い服を着た女性」、1869年 © MuMa Le Havre / Florian Kleinefenn

ウジェーヌ・ブーダン、「トゥルーヴィルの浜辺の白い服を着た女性」、1869年 © MuMa Le Havre / Florian Kleinefenn

© Paris Region Tourist Board / Yasuhiro Ogawa

© Paris Region Tourist Board / Yasuhiro Ogawa

ドーヴィルとトゥルーヴィルはノルマンディーの海岸に面したよく似た趣の、19世紀後半に人気を博した街です。細やかな砂が延々と続く海岸、1863年のパリ・ドーヴィル間の列車の開通、カジノや海辺のレジャーの発展によって華やかな社交界がそこに生まれました。モネのメンターであったブーダンは、「浜辺の情景」を最初に絵にした画家で、そのなかで膨らんだスカート姿の美しい女性を描いています。

この絵では、詩情あふれる情景の中、人々が背景の海に溶け込んでいます。「空の王者」と言う別名を持つウジェーヌ・ブーダンは、この絵の中にノルマンディーの光の繊細さを見事に表しました。
今日、トゥルーヴィルの浜辺の板張りのプロムナードを散歩すれば、ウジェーヌ・ブーダンがその美しさを描いた光のバリエーションや雲の動きを眺めることができます。この散歩道の魅力にあふれた雰囲気は、当時の上流社会がこぞって求めた瀟洒な邸宅とともに今でもそのままです。ドーヴィルもまた、印象派の画家が当時描いた海水浴場の贅沢な雰囲気をたたえています。カジノ、競馬場、立派な木組みの邸宅がパラソルの並ぶ続く海岸沿いに並んでいます。

この絵は
ル・アーヴルのアンドレ・マルロー近代美術館で観覧できます。

幸せなひととき ルーアン、ノルマンディー地方

クロード・モネ、「ルーアン大聖堂、正面入り口及びアルバン塔、曇り」、1894年 © Réunion des Musées Métropolitains Rouen Normandie / Musée des Beaux-Arts

クロード・モネ、「ルーアン大聖堂、正面入り口及びアルバン塔、曇り」、1894年 © Réunion des Musées Métropolitains Rouen Normandie / Musée des Beaux-Arts

© Paris Region Tourist Board / Yasuhiro Ogawa

© Paris Region Tourist Board / Yasuhiro Ogawa

モネは、大聖堂が表情を変える様子に取りつかれて、同時に14枚の絵を制作するなど、光の限りないバリエーションを捉えようとしました。その壮大な制作活動から、有名な大聖堂の連作が生まれ、ファサードを描いた28枚の絵は世界的に有名になります。この絵で、モネは大聖堂にかかった霧のベールを水の粒が溢れている様に見事に描きました。

今日でもなお、大聖堂広場に立てば、モネが感じた感動を味わうことができます。そして街の歴史に満ちた小道を歩いたり、セーヌ川沿いでランチを取ったり、シスレーやピサロの足跡をたどれば、印象派の世界を満喫することができます。

この絵はルーアン美術館に展示されています。

幸せなひととき ジヴェルニー、ノルマンディー地方

クロード・モネ、「睡蓮の池、緑のハーモニー」、1899年、オルセー美術館、パリ © photo RMN-Grand Palais (Musée d'Orsay) / Stéphane Maréchalle

クロード・モネ、「睡蓮の池、緑のハーモニー」、1899年、オルセー美術館、パリ© photo RMN-Grand Palais (Musée d’Orsay) / Stéphane Maréchalle

© Paris Region Tourist Board / Yasuhiro Ogawa

© Paris Region Tourist Board / Yasuhiro Ogawa

1883年、モネはセーヌ川からほど近いジベルニーに居を構えます。自宅の庭を1枚の絵のように整備し、その10年後、睡蓮のある池を作るという大きな計画に着手します。そして日本庭園に着想を得て特にしだれ柳、竹、ボタンをあしらった庭園をつくります。おそらく浮世絵にならって作られたと思われる木製の橋がその明るい庭園に東洋風の雰囲気を与えています。

25年以上にわたってモネは、その庭に題材を求め続け、水面の変化する反映をとらえて描こうとしました。
1980年から、クロード・モネの自宅と庭園は毎年3月から10月まで一般公開されています。睡蓮のある池にかかる太鼓橋を歩いたり、モネの寝室のドアを開けてみれば、画家の内面に潜り込んだような感覚が味わえます。

モネの家にほど近いジヴェルニー印象派美術館では、年に2回印象派をテーマにした特別展を開催しています。そして「クロード・モネの周りで」と題した常設展も行なっています。

この絵はパリのオルセー美術館に展示されています。

幸せなひととき エトルタ、ノルマンディー地方

クロード・モネ、「エトルタ、マンヌポルト、水の反映」、1885年頃、カーン美術館 © photo RMN-Grand Palais (Musée d'Orsay) / Martine Beck-Coppola

クロード・モネ、「エトルタ、マンヌポルト、水の反映」、1885年頃、カーン美術館 © photo RMN-Grand Palais (Musée d’Orsay) / Martine Beck-Coppola

© Paris Region Tourist Board / Yasuhiro Ogawa

© Paris Region Tourist Board / Yasuhiro Ogawa

モネは、1883年から1886年の間エトルタに足しげく通いましたが、それは、この小さな港の見る者を圧倒させる断崖に魅了されたからでした。そして80回以上にわたり、あらゆる角度からその壮大な景観を絵にしました。

その断崖が過去に偉大な画家により何度も描かれていたということは、モネにとっての1つのチャレンジになります。そのためモネは、新たなアプローチを探し、エトルタの3つの断崖のうち最も高く、かつ遠くアクセスが難しいマンヌポルトを何度も描きます。ローアングルの視点による絵には、海から断崖がそびえたつかのように見え、また、海面には太陽がきらきらと映りこんでいます。

今日でも、断崖の上に立って日没を眺めるのは、まさに貴重な感動の瞬間です。そのパノラマにたどり着くには、海を見下ろす小道を登っていくのですが、その最中も世界でそこにしかない景観を見ることができます。印象派の見た風景は、天気が良ければ、海から船上で、または海岸を賑わす店のテラス席で休憩をしながらでも、楽しむことができます。

この絵はノルマンディーのカーン美術館に展示されています。

幸せなひととき コタンタン半島、ノルマンディー地方

ジャン=フランソワ・ミレー、「グレヴィルの教会」、1871年〜1874年、オルセー美術館、パリ © photo RMN-Grand Palais (Musée d'Orsay) / Stéphane Maréchalle

ジャン=フランソワ・ミレー、「グレヴィルの教会」、1871年〜1874年、オルセー美術館、パリ © photo RMN-Grand Palais (Musée d’Orsay) / Stéphane Maréchalle

© Paris Region Tourist Board / Yasuhiro Ogawa

© Paris Region Tourist Board / Yasuhiro Ogawa

「晩鐘」及び「落穂拾い」の作者であるミレーは、未開発でひっそりとしたノルマンディーの中央で海に面したコタンタンで生まれました。そして幼少期は、シェルブールにほど近いグレヴィル・アギュにあるグリュシーの集落で、信心深く貧しい農家に育ちます。この地方は、切り立った岩が海を見下ろすように連なり、壮観な景観を誇っています。1870年代に生まれ故郷に戻って以降、ミレーは印象派の到来を告げる一連の作品を製作します。

グレヴィル・アギュの村の真ん中に構える12世紀に建てられた教会は、写実派の巨匠を、その素朴さかつその永劫の香りで製作に駆り立てます。沈む太陽の光に、鳥たちの飛翔が描かれ、この絵に魂と力強さを与えています。

今日、グリュシーでは、この教会から数キロメートルのところにあるジャン=フランソワ・ミレーの生家を訪ね、画家の内面に迫ることができます。

この絵はパリのオルセー美術館に展示されています。

幸せなひととき ル・アーヴル、ノルマンディー地方

クロード・モネ、「印象、日の出」1872年、マルモッタン・モネ美術館、パリ © SLB Christian Baraja

クロード・モネ、「印象、日の出」1872年、マルモッタン・モネ美術館、パリ © SLB Christian Baraja

© Paris Region Tourist Board / Yasuhiro Ogawa

© Paris Region Tourist Board / Yasuhiro Ogawa

ル・アーヴルの港の朝靄の中の日の出をホテルの一室から描いたこの作品は、印象派という言葉の元となりました。モネは、暗示に富んだ筆致で、朝焼けに包まれる工業港の光り輝く様子を再現しています。船のシルエット、さざ波、日光の反射が、大気と水とに放射状に広がっていくのが見えます。モネは、この傑作で、そうした束の間の感覚をそのままキャンバスに捉えること、そして美術史の流れを変えることに成功します。

今日、ル・アーヴル港は大きく近代化されていますが、その浜辺に行けば、印象派の画家が体験したものと同じものを、光あふれる海の眺め、天候によって変わる表情とともに今なお目にすることができます。そうした環境のもと、海沿いに建つ略称MuMa、ル・アーヴルのアンドレ・マルロー近代美術館は、フランスで最も充実した印象派作品を保有する美術館の一つであり、その常設展示を行っています。

この絵はパリのマルモッタン・モネ美術館に展示されています。